水源の里 水の源
2024.03.05 | #

特集 第15回全国水源の里シンポジウム〈島根県松江市〉

オロチ退治でローカル・サステナビリティ
〜斐伊川流域の持続可能なまちづくりを目指して〜

水源の里が抱える多様な課題と解決策を議論し、その果たす役割について考える「全国 水源の里シンポジウム」。15回目の開催となる今回は、島根県松江市を会場に地元住民や全国の参画市町村などから約500人が参加。今回の特集では、2日間にわたるシンポジウムの模様をリポートする。

水の都・松江市

今大会の舞台となった松江市は、島根県の東部、山陰地方のほぼ中央に位置しており、 西に大きさが全国7番目の宍道湖、東に5番目の中海に挟まれる水郷都市。同市は、現存12天守のひとつ、国宝「松江城」や宍道湖、小泉八雲旧居・記念館など観光資源が豊富な上、加賀の潜戸や美保の北浦など自然の景勝地も数多いことから、1951年に奈良・京都とともに「国際文化観光都市」の指定を受けている。観光以外にも漁業や商業も盛んで、山陰の中核を担うまちである。
オープニングでは、 江戸時代から美保関町に伝わる民謡「正調関乃五本松節」が披露され、明るい唄声に会場が活気づく。同保存会は今年結成100周年を迎え、永く市民に受け継がれてきた伝統芸能に聴き入りながら大会の幕があけた。

実行委員長の上定昭仁・松江市長は「今回のシンポジウムは、島根県を流れる一級河川・斐伊川流域のまちづくりや治水を担う皆さんが一堂に会し、上下流交流や流域自治体による治水の大切さを話し合う会となっている。水源の里から流れる河川を中心として繋がっている自治体や団体の皆様にも有意義な会になることを祈念している」と挨拶した。

それぞれができる治水対策を

基調講演1では、国土交通省出雲河川事務所長の小谷哲也さんが登壇し、「これまでの100年とこれからの100年〜斐伊川・神戸川改修100年のあゆみ〜」と題して話した。「古事記(712年)」の「八岐大蛇説話」にあるように、古来より氾濫を起こしては流域に多大な被害をもたらし恐れられてきたと伝えられる斐伊川は、実在する川として最初に歴史書に登場したとも言われているそうだ。その治水の歴史や対策について、小谷さんがわかりやすく解説する。


斐伊川ではこれまで、「たたら製鉄」の鉄穴流しが下流域に大量の土砂堆積をもたらしたことによる氾濫を防止するために、川違え※や堆積する土砂で宍道湖を干拓し新田開発するなどの対策を行ってきた。それでもなお、下流域は全国でもまれな「天井川」となり、 通称3点セットと呼ばれる対策に長年取り組むこととなる。1点目は「斐伊川、神戸川の両方の川の上流にダムを造る」、2点目は「中流に神戸川へ洪水の一部を分派する放水路を造る」、3点目は「出口が狭い大橋川を拡幅する」というもの。これらの完成により流域治水の機能は格段に上がるものの、まだまだ多様な取り組みが必要だという。
小谷さんは「気候変動による災害の激甚化も進んでいる今の時代、行政による治水対策だけでは難しい。企業、地域、個人、あらゆる関係者が治水に関わり、それぞれができる対策に取り組んでくださることをお願いしたい。一番の目標は人の命を守ること。皆で協力して実践し続けることが大切」と力説。斐伊川流域はラムサール条約に登録される湿地で、ハクチョウ類やガン類、ツル類、コウノトリ、トキなど大型の水鳥が一同に住める可能性のある希少な場所でもあるという。
苦難を乗り越えてきた100年のあゆみに改めて敬意を表するとともに、私たち流域地域が普段から交流を図りながら、治水対策のみならず、環境保全、まちづくりなどに一体感を持って取り組むことの意義を強く感じる講演となった。
※川違え(かわたがえ)…人為的に川の流れを変えること

外にいる仲間が関係人口

続けて基調講演2として、島根県立大学准教授の田中輝美さんが「流域でつながる関係人口」と題して講演を行った。 田中さんは冒頭で、現在毎年日本では1島根(66万人)以上の人口が減っているという現状を挙げ、人口が減る・少ないということを前提とした上でどうやって幸せな地域社会を作っていくのか、ということが大切な問いであると指摘。そこで移住者を過剰に奪い合うゼロサムゲームを回避し、地域の担い手をシェアする 「関係人口」という考え方を推奨する。関係人口とは「観光以上定住未満で、特定の地域に観光客よりは関わるけれども定住まではせず、継続的に関心を持ちながら関与する人」であり、都市部で生まれ育った「ふるさと難民」と呼ばれる若者たちは今、関係人口として人との繋がりや自分が役立てる場所を求めているという。

「関係人口を見込むには、どうすれば上流と下流が一緒に汗をかけるか、を考えることが大切。人と人を繋ぐ“関係案内所”があるといいですね。ゲストハウスだったり、カフェだったり…ちょっとお節介な関係案内人がいる気軽なコミュニティがあると、喜んでふるさと難民たちがやってきます」と笑顔で話す田中さん。
これまでは基本的に地域の中の人だけで踏ん張って、自治や祭事などを行ってきた。その功績はとても偉大で、だからこそ今なお、地域のつながりや資源が残っている。しかしこれからは「一緒にやりたい、関わりたい」という外の人にも目を向けて“一緒にチームをつくる”。それこそが人口減少時代の地域づくりではないかと締めくくった。

熱源人材が若者を育てる

基調講演に続くパネルディスカッションでは 、松江市SDGsアドバイザーで島根大学教授の松本一郎さんをコーディネーターに、ダムの見える牧場代表の大石亘太さん、このはなプラン代表の前田みのりさん、株式会社ちいきおこし代表取締役の河野美知さん、やすぎどじょう生産組合事務局長の仙田拓也さんという斐伊川流域で活躍するまちづくりの担い手4名のパネリストによる意見交換が行われた。

大石さんは「尾原ダムの残土処分跡地で放牧を取り入れた牧場を経営。放牧を用いて、観光と教育と環境という三本柱で地域と交流しながら、来てくれる人が喜ぶような環境を整えている。これからもここに牧場があって良かったと地域の人に愛されるような牧場をつくりたい」。前田さんは「出雲神話ガイド、出雲国ジオガイドとして、お客さんを案内している。ジオガイドでは海岸掃除の会を結成し、環境保全活動にも取り組んでいる。素晴らしいから伝えたい、魅力があるから守りたい、そんな思いでこれからも出雲の未来を見据え自分にできる活動をしていきたい 」。河野さんは「松江を一つのテーマパークとして、お土産、グルメ、ショップ、アトラクションなど総合エンターテインメント的にプロデュースするまちづくりをしている。今後はもっと地元の生産者と協同して野菜収穫や漁師などの体験観光を充実させたい」。仙田さんは「安来市出身。見るドジョウ、踊るドジョウ、食べるドジョウで、ドジョウ養殖の特産化、ブランド化に取り組んでいる。今後はもっと子ども達がドジョウに触れる機会を増やし、食育などを通じてドジョウの食文化を受け継いでいきたい」と、それぞれ意見を述べた。コーディネーターの松本さんは「今日のパネリストは皆さん地域の“熱源人材”。共通して伝えたい思いとして子ども達への教育があった。熱源人材の皆さんが、地域の魅力を内外に発信しながら、若者を育てていく。教育に活かすということが、それぞれの夢の実現につながるのではないか」と総括した。
今回のシンポジウムでは、地域を一体として流域治水を考える、その結果、人の交流が生まれ、まちづくりが進んでいくことを学んだ。そして、次世代へつないでいく責任ということも再認識した大会となった。

平成のオロチ退治「尾原ダム」

シンポジウム翌日は県内5コースで現地視察が行われ、計56人が参加。筆者は雲南市の『日本遺産「たたら」周辺と尾原ダム学びのコース』を視察した。まず最初の訪問地は、前日の基調講演でも小谷さんから説明のあった“斐伊川治水計画3点セット”の1つ「尾原ダム」。こちらでは、斐伊川水系の概要や1972年・2006年の2度にわ たる豪雨災害の被害状況、ダムの目的や機能などを担当者から詳しく説明していただいた。

尾原ダムは堤高 90.0m、堤頂長440.8m。その巨体で台風や大雨で増水した川の水を食い止め、下流の人々を洪水被害から守る。総貯水容量は県下最大だという。間近で見ると、その大きさに圧倒される。 

年1回、ダムの機械設備点検のためにクレストゲートといわれる放流設備から一斉放流が行われ、多くのダムファンが見学に訪れるという。普段はもの静かなダムも、クレスト放流時に水を解き放つ姿は勇猛かつ美しく圧巻の大迫力!とのことで「それは一度見てみたいなぁ」と感嘆しつつ、一同ゲートを見上げる。その他、ダムを取り囲む「さくらおろち湖」では花火大会やトレイルラン大会など、人気のイベントも多いそうだ。

続いて訪れたのは、パネルディスカッションに登壇された大石さんが経営する「ダムの見える牧場」。2014年から「放牧酪農」を実践している乳牛約40頭は、自由に行動できる飼育環境でのびのび育っていて、大石さん同様、皆優しい顔をしているように感じる。おとなしい気性だから触っても大丈夫、とのことで牧草をあげる体験もさせてもらった。青空の下、のどかな牧場で牛や自然とふれあう癒しのひとときとなった。

『もののけ姫』の世界へ

その後、本コースのメインスポットとなる「菅谷たたら山内」へ。山内とは、日本古来の製鉄法であるたたら製鉄に従事していた人達が日々働き、生活していた地区の総称。高殿、元小屋、長屋などが今なお残っており、映画『もののけ姫』に登場するたたら場は、ここがモデルといわれている。

製鉄の歴史や当時の作業の様子を名物ガイドの朝日さんが、まるで落語家のような臨場感あふれる語り口調で解説してくれ聴き入る一同。たたら製鉄が行われていた「高殿」 が現存するのは日本で唯一ここだけで、国の重要有形民俗文化財に指定され、構成文化財として日本遺産にも認定されている。また高殿の脇に立つ桂の巨木は、たたらの神様「金屋子神」が降り立ったご神木とされ、春の芽吹きの時期に3日間、まるで紅葉したかのように 真っ赤に染まるのだという。現地に立つと、資料で見る何倍もたたら製鉄最盛期(江戸後期~明治初頭)の情緒を肌で感じ、同行のジブリファンは『もののけ姫』の世界観に浸り興奮しきりだった。

今回視察した雲南市は、多くの神話や伝説の舞台であるとともに暮らしに根ざした農村文化が豊富であり、日本のふるさとの原点ともいうべき歴史と風情が息づくまち。随所にどこか神秘的なエネルギーを感じるパワースポットで 、英気をもらって帰路についた 。

【文・白波瀬聡美】

2024.03.05 | #