今回の取材先は岐阜県白川町。「あーあの合掌造りで有名な…」ではない。 大体の人が間違うから、と町のパンフレットにもしっかり「白川郷じゃないよ、白川町だよ!」と記載されており、そのユーモアセンスに一瞬でファンになってしまう。そんな白川町ではコンパクトタウンならではの移住促進政策が展開されているという。個性あふれる町の魅力紹介とともにリポートする。
新緑の若葉萌え、田植えを待つ水田を渡る薫風が心地よい4月の終わり、その町を訪れた。前日までの長雨が嘘のような好天に恵まれ、車窓から眺める町は、切り立った山々の谷あいを流れる飛騨川にキラキラと光が差して美しく輝く。良い出会いに恵まれそうな予感がする。
待ち合わせの白川町役場で迎えてくださったのは、総務課長の安江章さんと企画課長の長尾弘巳さん。今回アテンドいただくお二人のもとへ辿り着くまでに、カラフルなバランスボールに座った職員さんを何人か見かけた。聞けば、今年の4月中旬から職員の健康増進を目的に、希望者の椅子をバランスボールに替える取り組みを試行しているという。それにより運動不足を解消し、デスクワークによる肩こりや腰痛の改善も期待できるそうで、今後の職員健診により効果検証を行うとのこと。より良い行政サービスを恒常的に提供するにはまず職員の健康から。高い意識と柔軟な発想から生まれる取り組みに、仕事の効率も上がるかも!?と感じる光景だった。
まず案内していただいたのは、 (一社)白川町移住交流サポートセンター。白川町では、空き家の相談や案内をはじめとする移住・定住などの窓口として2019年に同センターを設立。それまで役場が担ってきた業務のさらなる充実を図るため、空き家を改修して事務所を構え独立組織として法人化した。
センター長の鈴木寿一さんは 「行政が業務を行うと小回りが利かない。土日や時間外の案内など、 移住希望者により細やかな対応を行うため法人化しました」と話す。 鈴木さんは役場のOB。行政事情も十分把握している。センターは、集落支援員を含む常勤3人、地域おこし協力隊1人、週 3勤務のパート職員1人の計5人体制で運営。その他、林業関係に従事する地域おこし協力隊2人も、雨天時はこちらが勤務地となる。主な業務として、空き家バンクの管理・ 運営、移住相談、物件案内など一般的な移住に関する業務のほか、昨年からは事務所にコワーキングスペースを整備してWi-Fi環境を整え、コロナ禍で飛躍的な需要をみせるワーケーションの誘致などにも取り組んでいる。 加えて今年からは、民泊もできるよう簡易宿泊所の許可を取得。 徐々にPR活動と改善を重ね、来年3月までの本格稼働を目指している。「238km²という広い町域に空き家が点在しており、1日に何か所も回れない。ぜひ1泊以上は泊まってもらって、空き家巡りと併せてゆったり町の魅力を感じてもらいたいんです」と話す鈴木さん。単なる業務を超えた町への愛着とホスピタリティがひしひしと伝わってくる。
今直面している課題は?と尋ねると移住希望者の空き家需要に対して物件の供給が追い付いていないことだという。町内には500 戸以上の空き家が確認されているものの、空き家バンクへの登録は約60戸と1割程度にしか及ばない。
そこでセンターでは、空き家の掘り起こし、バンクへの登録推進に力を入れている。 空き家が登録されない理由には、壊れていて住めない、残置物がある、仏様がある、たまに帰る、などが挙げられる。それらを解消して登録につなげたいとの思いから、センター職員が空き家の残置物の片づけをしたり、月に1~2回 建物の風通しをしたり、家の周囲の草を刈ったりといった作業を行っている。管理する余力のない持ち主の手伝いを買って出ることで、いずれ空き家バンクへ登録する気持ちになってもらい、そうなった時により良い状態で物件の受け渡しができる、といった好循環をつくりたいという。 また移住者には有機農業を希望する人が多いため、空き家とセットにできる農地の確保も欠かせないという。町内に19棟ある農園付き貸しコテージが人気で、すでに18棟は入居者で埋まっている。耕作放棄地問題などを抱える一方で、移住者に提供できる条件の良い農地の確保はなかなか難しいと伺い、田舎事情の複雑さを感じた。 そんな背景から、空き家も農地もまずは持ち主との信頼関係づくりからスタートしているのだ。
続いて訪れたのは、白川町グリーンツーリズム協議会事務局の「晴耕雨読とみだ」。同協議会は、白川町の特色ある面白いコトやヒトを体験・交流ツアーを通じて知ってもらいたいと2020年に発足。前述のサポートセンターと連携を図りながら、地域の資源を活かした体験型ツアーで交流・関係人口を増やし、移住につながるファンづくりに努めている。 お話を伺ったのは事務局の塩月祥子さん。ご自身も15年前に名古 屋から白川町に移住してきたという。「長男の食物アレルギーをきっかけに、生き方を見直したいという思いに駆られ田舎暮らしを決意しました。今は憧れのストローベイルハウス(藁の家)に住み、白川町の素晴らしさを皆に伝える仕事をしています」と話す塩月さん。 協議会の発足を機に、これまで町内の事業者が各々行っていた体験をツアーコンテンツとして体系化。新たなメニュー開発なども行い、現在では16の多彩な体験プログラムが用意されている。塩月さんは、とみだでゲストハウスの運営を行いながら、協議会の情報発信や体験ツアーの斡旋などの業務を行っている。コロナ禍の下でのスタートとなったが、地道な情報発信がメディアに取り上げられるなどし、徐々に客足は伸びてきているそうだ。
塩月さんイチオシの体験はサウナ。屋外で楽しむテントサウナやバレルサウナ(樽型の常設サウナ)で、里山の風景を五感で感じながらアロマでリラックスする。室内サウナとは全く違う開放感の中、極上のヒーリング体験ができるという 。「現在、 地元の間伐材を使ったバレルサウナの開発も進んでいます。ゆくゆくは町内の色んなところに設置して、ここでしかできないサウナ体験を多くの人に知ってもらいたい」と目を輝かせる。今後は、グリーンツーリズムを始めて町内に8軒となった農家民宿と連携を取りながら、滞在型ツアーを充実させ、宿泊者の増加を目指していく。
「地元の方は皆さん謙虚なので、外から来た私たちが思いっきり白川の良さをPRするんです!」と力説する塩月さん。ここを選んで来た彼女の言葉には紛れもない説得力がある。
その後は、名産「美濃白川茶」の茶畑や地歌舞伎が行われる農村舞台、アウトドアリゾート「クオーレふれあいの里」、世界的オルガン建造家・辻宏ゆかりの工房やパイプオルガンの現物などを見学させていただき、お昼には道の駅 ピアチェーレで郷土料理「けいちゃん」※1を食した。歴史・文化・自 然・食…いずれをとっても実に奥が深い、魅力的な町だ。案内のお二人のおかげで、短時間で町のポイントに触れることができた。
この4月からは2020年6月に施行された「特定地域づくり事業推進法」に基づく「白川ワークドット協同組合」を発足させた。この事業は、繁忙期が異なる仕事を組み合わせることで年間通じて働ける職場を創出する取り組みで、組合の設立は岐阜県では第1号。移住者や地元での就職を志す若者にとって安定した働き口が得やすくなるため、定住に結びつくことが期待され、町の活性化につながりそうだ。この町には新たな試みにいち早くチャレンジする風土もある。
※1 岐阜の郷土料理である鶏肉料理。けい(鶏)ちゃん。鶏肉と野菜で手軽に調理でき、保存もきく家庭料理として岐阜県の飛騨地方で古くから親しまれている。
サポートセンターの鈴木さんは「ここ2年のグリーンツーリズムの取り組みで“体験する→泊まる→食べる”という3つからなるサイクルができあがってきた。これを軌道にのせて町に多くの人を呼び込みたい」と抱負を語っていた。この仕組みは、イタリアの「アルベルゴ・ディフーゾ」※2の概念にも通じる、まさに“まちごと移住促進”。 奇しくも白川町は1984年に辻宏さんがオルガン修繕に携わった経緯から、現在はイタリアのピストイア市と姉妹都市なのだとか。 小さな町から大きな学びを得た取材となった。
※2 イタリア語で「分散したホテル」という意味。町の中に点在している空き家をひとつの宿として活用し、町をまるごと活性化しようという取り組み。
【文・白波瀬聡美 】
岐阜県の中南部美濃地方の加茂郡東部に位置し、同県北西部・ 飛騨地方にあって「白川郷」で知られる大野郡白川村とは異なり、名古屋から車でおよそ1時間半で到着する距離にある。名前のとおり美しい川に恵まれた町で、飛騨川に注ぐ佐見川、白川、赤川、黒川が扇状に伸び、その流域に集落が点在している。町域は238 km²。総面積の88%が森林と緑も豊かで、東濃ヒノキや冷涼な気候を活かした白川茶、夏秋トマトが主な特産品。近年では移住ドラマ『岐阜にイジュー!』や映画『his』の撮影地としても知られるようになった。