水源の里 持続的発展のための地域戦略
〜社会の大転換機における水源の里が持つ多様な価値を目指して〜
水源の里が抱える多様な課題と解決策を議論し、その果たす役割について考える「全国水源の里シンポジウム」。コロナ禍を経て、3年ぶり14回目の開催となる今回は、福島県喜多方市を会場に地元住民や全国の参画市町村などから約270人が参加。同市での開催は14年ぶり2回目となる。今回は、2日間にわたるシンポジウムの模様をリポートする。
新型コロナウイルス感染拡大の影響で、3年ぶりの全国大会となる今回のシンポジウムの舞台は、福島県喜多方市。福島県の北西部、会津盆地の北に位置し、北西に飯豊連峰、東には名峰磐梯山の頂を望む雄国山麓が裾野を広げる雄大な自然に恵まれた風光明媚なまち。喜多方ラーメンなどの観光資源により多くの観光客が訪れる一方、里山では「水源の里」が直面する問題に早くから危機感を持ち、平成19年の全国水源の里連絡協議会発足当初から副会長を務めている。全国シンポジウムも平成20年の第2回大会以来、2回目の開催となる。
オープニングでは、会津喜多方祭囃子盆踊り保存会による会津民謡「会津磐梯山」の明るくのびやかな唄声とお囃子が披露されると、会場は手拍子に包まれ景気よく大会は幕を開けた。 実行委員長の遠藤忠一・喜多方市長は「新型コロナ感染症の世界的なまん延、革新的な技術開発による社会の転換期を迎える中、水源の里が有する多様な価値が見直され田園回帰の潮流が強まっている。本シンポジウムの開催 を契機に我々が一致団結し、我が国の基盤である水源の里を持続可能なものにする活動を国民運動として展開することで、次世代に未来を紡いでいきたい」と挨拶した。
基調講演には、都市計画などが専門の徳島大学准教授・田口太郎さんが登壇。「水源の里持続的発展のための地域戦略」と題して講演を行った。田口さんは冒頭で、日本中の自治体で人口減少が大問題になっているが「何が問題なのか」というところが議論されていないと指摘。地域の衰退感をいわゆる人口減少と安易にリンクさせる風潮に警鐘を鳴らし、「単に人口が減少するのが問題なのではなく、これまでできていた社会システムが機能不全に陥ってしまうことこそが問題なのである。つまり地域の自治力を再生させることができれば、たとえ人口が減ってしまっても減ったなりの暮らし方がいくらでも模索できる」と訴えた。 過疎指定を受けている自治体の人口ピラミッドを見ると、団塊の世代が最大勢力でこのボリューム層が今年度から後期高齢者の仲間入りとなる。これまで定年後に地域活動を担ってくれていた団塊世代の馬力が落ち込んでくるとなると、これまでの10年とこれからの10年では、随分と様相が変わってきそうだ。
田口さんはさらに、地域の自治力再生について、2つのヒントを提示する。1つには、移住者や関係人口など外部の力をどう借りるかということ。「単純に移住者が来ればいい、関係人口が増えればいい、では地域課題は解決しない。地域の皆さんと信頼関係を築けるような人が “仲間” になってくれるかが重要。今、日本中で移住者の取り合いになっており、豊かな自然・美味しい食べ物・優しい人々をアピールしているが、もはやその条件では選ばれない。移住は簡単にいうと結婚に似たようなもの。誰でもいいから来てくださいではダメで、時間をかけてお互いに信頼関係を築いていけるかを見極めないといけない」と力説。
2つ目には、コロナ禍で一般化したオンライン会議をはじめとするICTをどう活用するかということ。「DX 時代、ICT導入などと聞くと端から尻込みする地域も多いが、これに積極的に取り組むか否かは今後非常に大きなポイントとなってくる。スマホひとつとっても様々な可能性が広がるICT導入だが、高齢者には難しい、専門人材がいない、導入コストが高い、田舎には馴染まない…と簡単に否定されがち。これらの意見は全部「はず」なだけで、本当にやってみたかというとそうでもない。 このような抵抗感、苦手意識の改革をSX(ソーシャルトランスフォーメー ション)として社会全体で進める必要がある」と田口さんはいう。
大事なのは、アナログ主義にこだわりすぎないこと。社会全体で臆せず色んなチャレンジをして、自分たちに合う合わないを判断する。さらには「自分たちの暮らしに技術を合わせてもらう」ようICT技術にどんどんわがままを言う、そんな時期がやってきているのだ。
ICTを上手に使いこなせているところはきっと、他の色んな技術やアイディアに対しても開放的になれる。そうなると、人の繋がりの関係性も広がると田口さんは話す。「地元で頑張ってきたのが今までの地域づくり。この先の地域戦略は、地元を中心としたネットワークを色んな技術や魅力を使っていかに繋ぎとめていくか、という企画力と実行力にかかっている」と締めくくった。
地域自治の担い手の多様化、人の循環を許容する “ネットワーク型自治” により、信頼によるつながりを広げていく動きが人口減少社会で地域の持続的発展を支える肝となる。
基調講演に続くパネルディスカッションでは、国立研究開発法人農業・ 食品産業技術総合研究機構の遠藤和子さんをコーディネーター、先に基調講演を行った田口准教授をコメンテーターに、NPO法人かけはし代表理事の石島来太さん、(株)オクヤピーナッツジャパン代表取締役の松崎健太郎さん、(株)河京監査役の堀恵子さん、(一社) 日本ポジティブヘルス協会代表理事の秋山綾子さんの4名のパネリストにより、「地域戦略のためのヒト・モノ・カネづくり」をテーマに活発な意見交換が行われた。
石島さんは「地域おこし協力隊を経て移住した私から見て、喜多方はすべてを自分事としてやっている感覚が素敵だなと感じる。今はキャンプやオンライン塾、創業支援セミナーなどの事業を通じ、学びの力で “まちづくり” を進める活動をしている」。松崎さんは「生まれ育った故郷で創業した私が大事にしているのは “恩送り”。地元の物産協会の世襲の子たちを集めて勉強会を開くなど、第二創業の支援を行っている。いい商売人が沢山いる地域はいい町になる。商売人のお茶飲み風景は、地域づくりに有益な情報交換の場だと考えている」。堀さんは「3年前、退職を機に50年ぶりにUターンして地元の良さを改めて実感。今は、自らの体験と前職の繋がりを活かし、東京の世田谷美術館と喜多方美術館を連携するなどして、文化の力で喜多方のまちを元気にする活動をしている」。秋山さんは「すべての人が一秒でも長く自分らしく生きられる社会をつくる、という理念を持って地域活動を行っている。IT企業との連携による “バーチャル酒蔵巡り” や “喜多方ワーケーション” を推進。今後はVRの活用なども試みながら、喜多方らしい新しい取り組みを企業と共創していきたい」。田口さんは「皆さん、外とのコミュニケーションをすごく上手くとっているネットワーカーで、私が先ほどお話したことがすでに実践できている」と それぞれ意見を述べた。コーディネーターの遠藤さんは「皆さんに共通する学びの力で地域を底上げしようという取り組みは先の講演にも通じる内容なので、ぜひ持ち帰っていただきたい」と総括した。
今回のシンポジウムでは、人口減少中での “自治のカタチの再設計” がキーとなることを学んだ。多様なネットワークを繋ぎとめる魅力をいかに地域がもてるか、その方策を考えていきたい。
シンポジウム翌日は市内4コースで 現地視察が行われ、計60が参加。筆者は「有機農業のまち熱塩加納 (あつしおかのう)で食べる日本一美味しい学校給食」コースを視察した。
有機農業(無農薬水稲栽培ひめさゆり米)で40年以上の歴史をもつ熱塩加納町。右手に磐梯、左手に飯豊、そばの作付面積は日本一で三ノ倉高原では東北随一のひまわり畑や菜の花が観光客を迎えるという。そんな町の説明を聞きながらバスに揺られること約30分、平成の名水百選に選定された「栂 (つが) 峰 (みね) 渓流水」が流れる「日中大桧沢のブナ原生林」に到着。 会津百名山「栂峰1541m」から湧く栂峰渓流水は、喜多方市の田畑を潤し、市民の上水道にも使われているまさに水の源。周辺地域のブナ原生林はふくしま緑の百景に選定され、視察当日も野山の錦が見事で一同感嘆の声を上げた。夏には沢登りイベントも開催されるなど、美しい水源は観光集客にも一役買っている。その後、流れを辿る形で日中ダムも見学。会津を潤すスケールに圧倒された。
続いて訪れたのは「夢の森花の散歩みち」。元々はホップ畑だったが昭和60年以降は荒れ放題になっていたこの場所に、いつからかウワミズザクラが群生。それに気づいた住民たちが今から9年ほど前に有志を募って実行委員会を設立し、「散歩みち」を整備。今では、5月上旬にウワミズザクラ、他にもカタクリやナツハゼなど、季節ごとの花が楽しめる森となり、訪れる人々に癒しを与えている。 また菊芋も育てて増やし、パウダーやチップにするなど6次産業化も目指している。青空の下、菊芋掘り体験とウワミズザクラの塩漬けを使ったおむすびを「こびり(おやつ)」にいただきながら、皆さんと交流を深めるひとときとなった。
最後は視察のメインイベントとなる “日本一美味しい学校給食” をいただくべく喜多方市立会北中学校へ。熱塩加納町の小中学校の学校給食(3校計170食)は、地元生産者23人の会員で構成される「まごころ野菜の会」との協同で、熱塩加納産のお米と野菜で作られている。
この取り組みは平成元年から始められ、平成30年には喜多方市熱塩加納学校給食共同調理場が文部科学大臣賞「学校給食優良学校等」を受賞した。明るく開放的なランチルームには、その日の献立に使われている野菜と生産者の名前、顔写真が展示され、毎回食べる前に子どもたちが「今日の炊き込みご飯のニンジンは○○さんちのです!」と農家さんの紹介をする時間が設けられているのだとか。微笑ましく思いながら、懐かしい気分で給食を器によそっていただく。薄味で野菜やお米本来の味が引き立つ美味しさは、なんともホッとする優しい味わいであった。喜多方市では、このような地域に密着した給食提供を「熱塩加納方式」と呼び推奨している。
また地域の農家さんを先生に任命し、「農業科」という授業が行われ、子どもたちは1年をかけて種まきからお米や野菜を育て、収穫までを体験する。さらに収穫したお米はお餅やおこわにして地域の一人暮らしの高齢者のお宅へ届けたり、野菜は収穫祭で料理してふるまったり…まさに生活の中での生きた食育授業。30年以上続くこの取り組みによって育った子どもが親になり、その食育の精神がまた地域の次世代に受け継がれていく。熱塩加納からはじまったこの農業科の授業も、喜多方市内の全ての小学校に広がってきている。日本一を誇る学校給食に、持続的発展のための地域戦略の素晴らしいモデルを感じる視察となった。
【文・白波瀬聡美】